タバコポイ捨て注意され激昂 小学生の首絞める

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兵庫県加古川市内にある公園のそばでタバコをポイ捨てしたことを注意された前田敏昭容疑者(75)が注意した小学1年生の男の子の首を絞めたとして逮捕されました。公園で遊んでいた数人の児童がタバコのポイ捨てを目撃し「タバコ捨てたらアカンのに」などと注意したところ大声でどなり散らし男の子の首を絞める他、他の児童に対しても服を引っ張るなどの暴行を加えたそうです。

75歳にもなって悪い事を子どもに指摘されたあげく逆切れして暴行を加えるとか大人として恥ずかしいですね。どっちが子どもか分からなくなってしまいます。

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年長者の勘違い

なんかどうも年長者は年下に対して自分のほうが偉いみたいな態度を取ることが多いですよね。人よりちょっと長く生きているというだけで偉そうにされると少し腹が立ちます。
よく年長者を敬えって言われますが、悪事を見逃せとか言うとおりにしろとかいうのはなんか違うような気がします。
個人的な意見ですが年長者を敬えというのは経験が豊富な年長者の教えを大切にして正しい道を進みましょう。そして教えてもらう立場なのだから敬意を持って接しましょうというニュアンスだと思うんですがいかがでしょうか。
普通に考えて今回のことは子どもたちのほうが正しいでしょう。
学校でポイ捨てはいけないことだと勉強したのでしょうね。
それで悪い事だからと注意をした結果、大人に暴力を振るわれるとはこれいかに。
敬えとか若輩者のくせにとかいう前に年下が敬えるような自分であるのかよく考えたほうがいいんじゃないでしょうかね。
まぁ確かに上下関係というのはある程度必要なものだと認識していますが間違った事を間違っていると言い合えるるような関係のほうがお互いにとってもいいですよね。
それで形としては上の者が下の者に教えてあげるというのが理想なのかも。下から言われるとちょっと面子が立たないって思うし(笑)

子どもに注意されることについて

大の大人が子供に注意されると「ガキのくせに」と思う気持ちも分かります。
子どもたちはまだまだ未熟な部分も多いわけですから「世の中のことを何も知らないくせにいっちょまえに人に注意してるんじゃねぇ」と言いたくなるかもしれませんね。
しかし注意されたということは少なくともその部分は悪い部分なわけなので本来なら「君たちの言うとおりだ。反省するよ」と言わなければならない場面だったはずです。
そうすることで子どもたちは悪い事を注意することは正しいことであると再認識できるし注意された側もこんな恥ずかしい思いをしたくないと思うものではないでしょうか。
まぁ社会の現実は過酷な労働を強いていたり税金逃れしたりなど多くの不正が蔓延る世の中なのでそもそも人間社会自体が腐っていると言えるのかもしれませんね。
良い事はいい、悪いことは悪いと自信を持って言えるような社会は夢のまた夢かもしれません。
そう考えるならある意味、悪い事を素直に悪いといえるのは純粋な子どものうちだけなのかもしれませんね。
今回の事件では現在の社会のあり方と言うものを少し考えさせられます。悪い事だと分かっていても従わなければ生きていけないような社会ですので注意できる人というのも少数じゃないでしょうか。
子どもたちが大人になって社会の現実を知ったとき絶望しなければいいですけどね。
とはいえ私たち大人としては少なくともタバコのポイ捨てとか信号無視とか細かいルールをしっかり守って子どもたちの良い手本になる努力ぐらいはしたほうがいいのかもしれませんね。

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